はるかな尾瀬と人口600人の檜枝岐村

縁あって数人のチームで檜枝岐村に行くことになった。車で3時間半の道のり。運転手は毎週のように村に通っている人で、慣れた道をびゅんびゅん飛ばすもんだから私は後部座席でぐったりしながらみんなの会社の愚痴や恋バナなんかをぼんやりと聞いていた。

着いた。天気は雨。伊南川は濁っており、勢いよく流れていた。今回の旅は、現地ガイドの方に村を案内してもらえることになっていた。まずは村の成り立ちや特徴なんかを聞きながら、主要な道を散策する。

「福島県の市町村の中で、檜枝岐村にだけ存在しないものはなんでしょう?」

ガイドから突然のクイズ。みんな考えてみるけれど、答えは出ない。正解は、田んぼ。檜枝岐村には田んぼがない。標高が高く涼しいため稲作に向かないそうだ。蕎麦ならあるのだけれど。

村内を軽く一周した後は、サンショウウオが見られる水場に案内してもらった。

地元の人だけが知るスポットらしい。冷たい水に手を入れたりしながら、動く生き物を探す。

いた! ちっちゃ!

少しぬるぬるして、小さい手足がかわいい。てのひらに乗せると意外に大人しい。ここでは観察だけにして、水辺にそっと戻してあげた。

次は檜枝岐歌舞伎の舞台へ向かう。

メイン通りから参道に入る。鳥居と看板が目印だ。参道の途中に「橋場のばんば」がある。

たくさんのはさみに囲まれて、石仏がちょこんと座っていた。その光景がなんだか異様で、石仏の写真は撮れなかった。

悪縁を切りたい時は新しいはさみを、良縁を切りたくない時は錆びたはさみを供えるそうだが、圧倒的に新しいはさみの方が多い。そりゃそうだよな、人間関係は煩わしいもんだよな。……とか思っていたら、「病気と縁を切りたいとか、自分の嫌な性格を断ち切りたいとか、ポジティブな意味での縁切りもたくさんあります」と言われ、自分の了見の狭さが恥ずかしくなった。というか単純に考えて、錆びたはさみって今どきそんなにない。

参道を進むと檜枝岐歌舞伎の舞台がある。ここで5、8、9月の年3回、村民による歌舞伎が上演される。この日ばかりは村民より観光客の数が多くなるそうだ。

舞台側から客席を見たところ。この上のほうからやってくる神様に見せるという体で演じるという。檜枝岐歌舞伎伝承館もそばにあるのだが、この日は入れなかった。

初日の観光はこれで終わり。翌日の尾瀬散策に備えて移動する。御池(みいけ)ロッジに1泊し、体調を整える……はずだったが、宴会ですっかりはしゃいでしまった。

さあ、いよいよ楽しみにしていた尾瀬だ。

二日酔いの体を引きずりながら木道を登っていく。正直しんどかった。朝食もほとんど食べられなかったし。けれどみんなに置いて行かれないようになんとか無心で歩いているうちに、だんだん回復していった。

しばらくすると見晴らしの良い湿地帯に出る。大江湿原だ。

別世界のような風景で、清々しい。日常生活でたまったストレスが一気に洗い流されていくようだ。7月中旬にもなればニッコウキスゲの黄色い花が咲くのだが、近年では鹿による食害が深刻で、柵を立てたり、電気を流したりといった対策がとられているそうだ。

今日もまた雨。ワタスゲも濡れている。

オコジョが出ることもあるらしいけど、簡単にみられるものではない。

♪水芭蕉~のはなが~咲いている~

♪折り紙でも咲いている~ビジターセンターの中で~

夏の思い出Natsunoomoide/歌いだし♪夏がくれば 思い出す/見やすい歌詞つき【日本の歌Japanese traditional song】

尾瀬沼を半周ほどしたところで、ガイドおすすめの撮影スポットに到着。

東北の最高峰である燧ヶ岳がばっちり見られる。休むベンチもあり、パンフレットにも書いてあるので見逃すことはないだろう。燧ヶ岳には近いうちに必ず登りたい。

本当は尾瀬沼を1周したかったが、時間の都合でここで折り返した。今回は尾瀬ではなく、檜枝岐村全体を知るのが目的なのだ。時間が足りなすぎた。1日かけてもっとゆっくり歩きかった。まあ、また来ればいい。次はまた別の季節に。

天気も回復してきて、ワタスゲも乾き始めた。

休憩所に本棚があったので、ついつい写真を撮る。興味のない人には全くどうでもいいが興味のある人はじっくり眺めてしまう、それが旅先の本棚。

小説はどういう基準で選んでいるのか。たまたま誰かが持ってきたとしか思えない。

山や自然の本が並ぶ中、浮いているチェルノブイリ。福島だからね。

左2冊の檜枝岐村関連本の著者は名字が同じ。檜枝岐村では星、平野、橘の3つの名字がほとんどを占める。

「孤高の人」「岳」といった山岳漫画の金字塔もしっかり押さえている。

売店で尾瀬デザインの手ぬぐいなどを買いつつ、下界へ戻ることになった。さよなら、また来るよ、尾瀬。

檜枝岐村中心部の方へ戻り、集落を一望できるという中土合展望台へ。

「ちょっとした登山」の文字にびびる。この登りがめちゃくちゃ疲れた。なんなら尾瀬より疲れた。

しかし頑張った甲斐あって、見晴らしは良かった。

あっ、これはパンフレットでめちゃめちゃ見るアングル! それでもやはり自分の目で見ると嬉しい。この山あいの村に600人が住んでいるのか。ご先祖様は、よくここに住み始めたものだなあ。冬になると雪が何メートルも積もるこの村に。やはり落ち武者が隠れ住んだ説は本当なのだろうか。村の人と話しをしても、ほとんど訛りがない。それも落ち武者説を本当っぽくしている。

旅の締めくくりに、ミニ尾瀬公園でジェラートを食べる。普通のアイスに、サンショウウオの燻製がぶっ刺さっている。出オチと言ってもいいくらいの見た目。サンショウウオは滋養強壮に良いらしい。味は特にない。少し香ばしいくらい。

夫へのお土産に、1匹買って帰った。